院長ブログ

新しい胎児記憶の話

昨日の妊婦健診のとき、ママが教えてくれました。

小学校になる長女ちゃんが、車の中で、突然 「あっ 思い出した!」と言ったそうです。

なにを思い出したん??

お腹の中にいたときのこと。

私 早く生まれたかったんよ! 早く学校へ行きたかったんよ!

お腹の中は、全然寂しくなかったよ。

お母さんが良かったけん 生まれてきた!!

実際 この女の子は3週間早く生まれてきました。
去年から 胎内記憶に興味があって いろいろと勉強してきました。色々な方から情報もいただきました。
1月には 小児科 上田先生とのセミナー開催してお話を聞きました。

子供は親を選び、兄弟は約束して生まれてくる。
ということは、家族は約束されたスペシャルチーム!
そこで ふと 思ったこと。

人生って ドラゴンクエストに 似てない??

家族は 選ばれたメンバー そして 目的に向かって いろいろな困難に立ち向かっていく。
それぞれのメンバーが役割を果たしながら 乗り越えていく。

そして 喜びが生まれ それぞれの経験値が上がっていく。

まさに!ドラクエだ!

ラスボスが なにかはわかりませんが、、、笑

そう思うと なにかふっきれた気分になりました。
人生って面白いですね。



胎児記憶4

また 新しいお話聞きました。

今は中学生の女の子のお話

産まれる前はベビーハウスがあってここに子供がいっぱいいた。
それぞれ仕事をしてたそうです。
あるとき、神様が このお母さんの所へ行けるのは今しかないよと言われ、
背中を押されて生まれてきたそうです。



次のお話は ある家族のお話

パパママ 子供2人の家族です。
あるとき 子供が 「実は 生まれる前 3人の子供で順番を決めたので もう一人いるよ。」
と、突然言い出したそうです。
そのあと、ママが月経が止まっているに気が付いて産婦人科に行くと 妊娠がわかったそうです!


新年を迎えて

皆様 明けましておめでとうございます。新年を迎えました。当クリニックも新しくなって20年を迎えます。
これまで、元気な赤ちゃんを産んでいただくこと、女性のこころと体の健康を守っていくことに全力で取り組んでまいりました。
それは、これからも変わりません。
それに加えて、今後 幸せな妊娠、分娩、育児と切れ目のないフォローアップを目指して行きたいと思います。

昨年10月より 映画 「かみさまとのやくそく あなたは親を選んで生まれてきた」 を上映始めました。

胎内記憶を覚えている子供たちの話を聞いて 家族 親子 兄弟の関係性の深さを知りました。
「子供は親を選んで生まれてくる」 
そのことを知っていると、信じられると 妊娠中から出産、子育てにいたるまで 幸せな優しい時間が過ごせます。
そのことを知っているのと知らないのとでは かなりの差ができるのではないかと思います。

1月20日日曜日には、第三回目の映画上映会を実施します。アンデルセンホール 午後3時、7時2回開催

2月3日日曜日には、アンデルセンホールで午後1時から
阿南共栄病院 小児科 上田先生を迎えて 

「育児セミナー 胎児記憶に学ぶ切れ目のない妊娠、出産、育児」を開催します。

実際に未熟児から成熟児を多数観て来られた先生からお話をいただき、私ともトークショーをします。
少しでも 皆様が幸せに 優しく妊娠から育児まで過ごすことができたらいいなあ そのお手伝いができたらと
思っております。

あと いろいろとお役にたてることがあれば、企画実施しておこうと思ってます。

今年もよろしくお願いいたします。


診療しているといろいろなことがあります。産婦人科というところは、
人生の縮図なのではないかなあって感じること しばしばあります。
いくら医療が発展したといっても どうしようもないことが数多くあります。
その一つが 流産です。 見守っていくしかありません。

先日 胸を締め付けられるようなことがありました。
経産婦さん 妊娠して来られました。
すで出血が始まっていて 流産の可能性が高い状況でした。
やはり流産となってしまいました。
そこのおうちの6歳の長男くん とても楽しみにしていたとのこと。

「一回ママのお腹に来たんだけど、神様に呼ばれて帰ってしまったんだよ。」

と、伝えることにしました。

その後 お兄ちゃんが つたない字で一生懸命書いたサンタさんに書いた手紙を見せていただきました。
以下の文章です。

さんたさんへ

   ぼくのすいっちは、いらないので、
   かわりにおとうとをください。
   おねがいします。

お兄ちゃんの純粋な気持ちが痛いほどわかりました。

どうにもあげられなくてごめんなさい。しかありません。

また きっと 弟がきてくれるはず、、、

うちには、家猫が2匹同居してます。
来年で20歳(おばあちゃん)ミーシャ、たぶん11歳?くらい(おじさん)ラッキーです。
2匹ともノラちゃんでしたが、今は家の中だけで生活しています。
長男は 寮生活していて 夫婦だけの生活なので とても良い同居人??同居猫です。
寝るとき呼べば来てくれるし、お腹をなでていると僕も一緒に癒されています。


最初の妊婦健診のときに、トキソプラズマの検査を希望する妊婦さんに 

「何かペット飼ってるの??」って つい聞いてしまいます。

猫飼ってますというお返事だと ネコ話で盛り上がれます。それも 健診の一つの楽しみになってますね。

~みーちゃん~
最初の猫との出会いは、もう25年前になります。
山口県の病院に勤務していたとき、寒い12月 借家の庭に一匹の猫がやってきました。
とても人懐こいネコで玄関に入ってきます。
もともと家内は実家で猫を飼ったことがあります。
かわいそうになり玄関で段ボールの中で飼うことに。みーちゃんと名前をつけました。
僕は 犬を飼っていたことはありますが猫ははじめてでした。
はじめてペットショップに餌を買いに行くときは 妙にわくわくしていたのを覚えています。
まだ 子供がいないときだったので 小さな子供ができたような気持ちだったのかも。
すこし怪我をしていたので 獣医さんのところへ行ったり。
夫婦の会話も増え、忙しいながらお世話しておりました。
仕事から帰っては まず顔を見に行ってにやにやしてましたね。

そんな初めての猫生活を経験をしながら、楽しく過ごしていました。
ところが、ある時から 体調が悪いらしく目ヤニ、食欲がなくなってきました。
そして看病むなしく3か月くらいして急逝してしまいました。あっという間の出来事でした。
こんなにあっけなく死んでしまうの??
獣医さんに聞くと、多分ノラ生活のなかで 病気に感染していたんだろうとのこと。

このときの悲しいこと!!!夫婦で号泣!!本当に泣けました!!はじめてのペットロス。
しばらく尾を引きながらの生活でした。

2につづく、、、

胎内記憶の素敵なお話

お友達のお母さんから教えてもらった 女の子のお話です。

『〇〇ちゃんが大きかった時ね~』
と、娘がしてくれた不思議な話。。

大きかった時、赤ちゃんのお世話ばかり(係)だったの。お空にいっぱいいるでしょ?赤ちゃん。
ミルクあげたり遊んであげたり忙しかったのよ~~。
お母さん見つけたから来ちゃった。
みーちゃんって、呼んだでしょ?お母さん。
〇〇君(弟)がね、先に行ってもいいよーって言ったのよね~~。
お母さんは、大きかった時何してたの?

と、なんだか不思議な話をしてくれました()ゞ
何してたか忘れた~~と言うと、
『お母さんには忘れん帽が憑いてるんやね(*´Д`*)』と、言われました。


これって 映画かみさまとのやくそく そのまま。

胎内記憶3

1 3歳くらいの女の子 お母さんがお腹なのかのこと憶えてる??って聞くと

  「真っ暗だった、 メロンの味がしたよ!」 といったそうです。

  実は お母さん妊娠中につわりの関係で メロンばっかり食べていたそうです!

2 健診についてきていた2歳の男の子

  この日 おなかの中の子供が 弟だとわかりました。
  ママがお腹の中にいたこと 憶えてる?? はっきりと うん!
  僕が「弟だよ。約束してたの??」と尋ねると 
  はっきり 「約束した!」 と 答えました。
  2歳の子供が 約束という言葉を言ったので びっくり!

3 4歳の女の子にお母さんの大好きな音楽を聞かせたときのこと
  これ 聴いたことあるよ いつ? おなかの中でね。お母さんいっぱい聴いてたでしょ!

4 妊婦さんのお母さんが、「あんたら兄弟 3-4歳のとき お産の時出てくるとき 大変だったって 言ってたよ。」

5 4歳くらいの女の子 いきなり 「お母さんを選んできたんよ!」
  ママがどうして選んでくれたの??と聞くと 「優しそうだったから。」「でも あんまり 優しくなかったんよ、、」

6 不妊症のあと妊娠されたママがどうして生まれてきてくれたの?と 5歳の長女に聞いたら、

  「ママが呼んでたから産まれてきたの!」

7 生まれてきたとき 手組んで くねくねして出たよ。頭引っ張られて痛かった!
  吸引分娩でうまれた子供でした。
先日の日曜日 映画 ボヘミアン ラプソディー を観ました。
これは、イギリスのロックグループ 「クイーン」 の物語です。

いまでこそ レジェンドグループですが、僕たちの時代はリアルタイムでデビューから解散まで知っています。
最初は中学生の時 デビュー。その当時 情報源はミュージックライフという音楽雑誌とラジオだけでした。

最初にラジオで聴いたとき かっこよかったんですが、その時全盛だったレッドツエッペリン、ディープパープルなどのグループには
まだまだ及ばない感じでした。演奏も最初は あまり上手ではなく評価もあまり高くありませんでした。
その後、日本公演があり そこで爆発的に人気が出てきました。その人気が本国イギリスに飛び火していった感じでした。

LP 「オペラ座の夜」が発表されました。いままでにない世界観のロックでした。壮大でクラシックの要素も入り 一曲6分という当時考えられない長さの曲でした。今では名盤として高い評価ですが、当時評価もまちまちだったと記憶しております。

その後は 飛ぶ鳥を落とす勢いで人気がでて、80年代には押しも押されぬロックグループになりました。
そして ボーカル フレディのエイズ感染 死亡で終焉を迎えました。

映画は、その時代の内幕、特に ボーカル フレディ マーキュリーの人生を描いたものです。
コンプレックス、孤独と不安そして裏切り 葛藤、最後は和解。
見事に クイーンの曲とともに描かれていました。ヒット曲が生まれる過程も面白かった。音響もよく楽しめました。

リアルタイムだけに、当時の僕に投影しながら観ました。
中学生、高校生のときの心境、大学生、社会人になってからの生活、その時の人間関係など。

音楽って リアルにその当時の心境、生活、そして匂いまで明確に思い出させてくれます。
忘れていた感覚が蘇りました。不思議です。

今考えると 1970-80年代は音楽楽しむことも努力が必要でした。ラジオで聞いていい曲だと思っても、それが誰の曲で何という名前の曲なのかわかりません。雑誌やラジオ雑誌をみて いつどの番組でかかりそうか見つけては必死で聴いていました。(エアチェックといってました)また、レコードショップへ行って捜してもないことが多く、がっかりして帰ったのを覚えています。それに加え、お金のない学生にしてはLP2500円は高値の花でした。おこずかいを貯めてやっと買っても、思った音楽でないこともしばしばです。仕方ありません、ちゃんと聴く機会がないのですから。このショックははかりしれません。笑 友達からLP借りてテープに録音したり、仲間と情報交換をしながら音楽生活を楽しんでいました。また、ショップの方に情報をきいて、いい感じ、自分の好みのレコードを選んでいましたね。
松山が長かったので、大手町のモアミュージックさんには いまでもお世話になっています。35年の付き合いです。
現在でも音楽好きの友達が今でも、月一回集まって いい音で好きな音楽を聴く会を開催しています。

今、子供たちの音楽の楽しみ方は全く違います。スマホで検索するとすぐ音源がみつかりyoutubeで聴けます。たいした労力も財力も必要なく音楽が聞き放題のような環境です。CDも売れなくなり、CDショップに行くこともないでしょう。ありがたみがないなあと思うのは、おじさんの意見なんでしょうね。

東京でこの映画観た方の報告だと、満席大盛況だそうです。とくに 若い世代が多いとのこと。若い世代にも人気があるんですね。なにかとてもうれしいです。新居浜はちょっと寂しい入りでしたが、、、

とにかく どういう形であれ 音楽を楽しむことは人生を豊かにすることに繋がると確信しております。それぞれのスタイルで楽しみましょう。

胎内記憶2

一回目の映画を観た方々から いろいろなお話が出てきました。


①妊婦さん自身が4歳くらいの時 はじめてお母様に絵本を読んでもらったとき「このお話知ってる」って言ったそうです。
 いつ聞いたのってお母さんが聞くと おなかの中にいたとき お母さんが読んでくれてた といったそうです。
 お腹の胎児の記憶がそこまではっきりしているとは びっくりしました。
②映画を見たご主人 お母さんに映画の話をすると 「お前が3歳くらいの時 お産の話をしたら 結構しんどかったんよ」って言ったよ。

③映画を観た後、4歳のお姉ちゃんに聞いてみたそう。お姉ちゃん「産まれたとき 頭引っ張られて痛かったよ」
 実際 お産の時 吸引分娩でした。びっくり

④4-5歳のお兄ちゃん お産の時どうだった??て聞いてみると「両手を胸のまえで組んでくねくねしながら出てきたよ。結構大変だった」
 と 言ったそうです。

⑤観た後 子供たちに優しくなれた気がする。

いろいろ 面白いです!